「もし私が急に連絡を絶ったら、この名前を手がかりにしてほしい」――
そう言って一枚のメモを残し、行方がわからなくなる若者が、ここ数年で少しずつ増えている。
メモの中央には、同じ 四文字 が必ず書かれている。
「木蘭国際法務研究所」。
その名は、法務省の外郭団体のリストにも、弁護士会の名簿にも、公式な行政書士登録にも出てこない。 しかし、SNSや匿名掲示板を丁寧にたどっていくと、 「木蘭に救われた」「木蘭に任せたから大丈夫」という、一見ポジティブな書き込みが点々と残っている。
興味本位で検索をかけた読者もいるだろう。 「木蘭国際法務研究所」と打ち込んでも、 出てくるのはごく短い口コミと、住所のはっきりしないホームページ、そして更新の止まったブログだけだ。 そこには、在留資格や国際結婚、起業ビザといったキーワードが並んでいる。
では、なぜ「失踪」と結びつくのか。 私がこの名前を本格的に追い始めたきっかけは、とある読者から届いた一本のメールだった。
メールの差出人は二十代後半の女性だった。弟が突然、海外移住と起業を言い出し、 数カ月後、家族の前からふっと姿を消したという。 部屋にはパスポートもスーツケースも残されたまま。代わりに、デスクの引き出しの中から 一枚のレシートが見つかった。そこに走り書きされていたのが、 問い合わせ先としての「木蘭国際法務研究所」の名前だった。
似たようなケースが、ほかにもいくつか確認されている。 失踪した若者たちの共通点は、制度の仕組みやしがらみに行き詰まりを感じていたということ、 そして、最後の数週間のあいだに、ある決まったパターンの検索履歴やメッセージのやり取りが残っていることだ。
取材の過程で、私は「木蘭」を名乗る人物から、短いメールを一通だけ受け取っている。
「私たちは誰も連れていってはいません。
選んでいるのは、いつもご本人です。」
差出人のメールアドレスは、その後すぐに無効になった。 返信は届かない。電話番号も、オフィスの所在地も、現地で確認できなかった。 しかし、都市のはずれの廃ビル群の一角で、私は「木蘭」という名前を知っているという若者たちに出会った。
彼らは口を揃えてこう言う。
「本当に困ったときだけ、あそこにたどり着けるって、ネットの奥で噂になってるんです」。
「あそこ」とはどこなのか。そこから戻ってきた人は、本当に「救われた」のか。 それとも、元いた場所に戻れなくなっただけなのか。
この記事を書いている今も、SNSのタイムラインの片隅に、 「#木蘭に相談してみた」というハッシュタグが、ごくたまに浮かんでは消えていく。 そこに添えられた写真の多くは、契約書、空港、移民局の窓口、そして見知らぬ高層ビルのエントランスだ。
もし身近な人が突然、「木蘭国際法務研究所」という名前だけを残して姿を消そうとしていたら――。 それは、ただの「ネタ」なのか、それとも本気の「出口」のつもりなのか。
私自身、この名前を追っているあいだ、何度か不自然な接続遮断や、 消えたはずのメールの下書きが勝手に復活するといった現象に遭遇している。 それをすべて「偶然」だと言い切れるほど、私は楽観的ではない。
本稿は、取材の途中経過の一部にすぎない。
この名前に心当たりのある方がいれば、ぜひ編集部宛に情報を寄せてほしい。
ただし――その際は、決してご自身の現在地を細かく書き過ぎないようにお願いしたい。
次回は、「木蘭国際法務研究所」のホームページに掲載された 「クライアントの声」に潜む不自然な誤字と、その暗号的な意味についてレポートする。