特集:見えてきたLibreholeの罠

『努力なしの成功』という幻想 ~ SNSとAIが加速させる“人格商品化”の危険な誘い

文・構成:エレナ・カストロ インタビュー:結城 透 氏(精神科医・医学博士) 掲載日:20XX年X月X日
結城透氏(精神科医・医学博士)
結城 透(ゆうき・とおる) 精神科医。医療機関と大学研究室の双方で、SNS依存やアイデンティティ障害、 AI時代の自己像のゆがみに関する臨床・研究に携わる。近著に 『スクロールする自我――タイムラインに溶ける若者たち』(架空書房)など。

── 最近、「人格の均質化」と呼ばれる症例が増えているとお聞きしました。

「はい。そして、この症例が爆発的に増加している背景には、我々の社会が抱える二つの“病”があると考えています。 一つは、SNSの普及で先鋭化した『承認欲求の飢餓』。もう一つは、AIの出現で広がった『努力不要の成功幻想』です。 人々は、かつてないほど『早く、楽に、承認されたい』と願い、その究極の解答を求めている。 その結果が、この奇妙な症例として表れているのです」

── それはどういうことでしょうか?

「SNSは、『いいね』という形で承認を即時・可視化し、私たちに『完璧な自分』を演じることを強います。 しかし、それは常に他者との比較の中で成立する、不安定な承認です。 やがて、『本来の自分では承認が足りない』という感覚が植え付けられる。 そこで人々は、『もっと完璧で、もっと承認されやすい自分』を、外から手に入れたくなるのです。」

「そしてそこに現れたのがAIです。AIは、努力や経験を積まなくても、知識や技術、あるいは“らしい”創作を一瞬で産み出します。 これが、『自分を鍛え上げるというプロセスそのものが無価値ではないか』という誤った認識を生んでいる。 自分の内面を育てるのではなく、外部から“優秀な人格”というAIモデルをインストールすればいいという発想へと 人々を導いてしまうのです」

── その「答え」を提供しているのが、M研究所だと?

「まさにその通りです。M研究所は、この社会的な不安と願望を、『人格のアップグレード』という形でビジネスに変換しました。 彼らは言わば、“人間向けの最新AIモデル”を提供している。 クライアントは、長い修行や内省といったプロセスをすっ飛ばして、いわば『成功人格DLC』をダウンロードする感覚で、 『理想の自分』を手に入れられる。 しかし、それがただの“演技”ではなく、“本体”の書き換えを伴うものだという危険性に、誰も気づこうとしない」

── 彼らが使う「SBT」や「DAO」といった言葉は?

「それらは、この『人格の商品化』を完成させるための言語です。 『魂』や『信頼』といった曖昧で重い概念を、『SBT』という取引可能な“資産”に変換する。 そして、血の通った共同体を、『DAO』という効率至上主義の“人的ネットワーク”に置き換える。 これにより、人間関係は“互換性”の問題になり、人生の選択は“パラメータの最適化”に過ぎなくなります。 これは、人間の尊厳そのものをデジタルな価値観で再定義しようとする、非常にラディカルで危険な試みです」

── 我々はどう向き合うべきでしょうか?

「まずは、『楽な成功』に潜む代償の大きさに気づくことです。 自分らしさとは、不完全で、もがき、時に失敗するプロセスそのものに宿るものです。 それをショートカットすることは、自分という存在を否定することに等しい。 M研究所の広める幻想は、現代の悩める人々にとって甘美な毒です。 社会全体でこの危険性に目を向け、『自分らしくいること』の価値を、もう一度取り戻す議論が必要ではないでしょうか。」

(取材:エレナ・カストロ)